2019.4.5イオンシネマ徳島

2019.4.19有楽町スバル座ほか全国順次公開

関口知宏 宇崎竜童

柏原収史 田中幸太朗 伊藤祐輝 宮川一朗太 岩崎加根子 眞嶋優 大内田悠平 上田結 三木くるみ 野田久美子 石丸佐知

脚本・監督:明石知幸

製作:ポンコツ商会 / 企画協力:株式会社あわえ / 特別協賛: / 特別協力:徳島県、美波町 / 協力:阿南市

プロデューサー:天野真弓 / ラインプロデューサー:中円尾直子 / 撮影:赤川修也 / 照明:浜本修次 / 録音:川本七平 / 装飾:陣野公彦 / 音楽:髙木砂代子 / 編集:洲崎千恵子 / 整音:渡辺丈彦 / 音響効果:佐藤祥子 / 助監督:村上秀晃
スクリプター:押田智子 / 衣装:宮部 幸 / ヘア・メイク:根本佳枝 / 制作担当:金子拓也 / 原案本:講談社「本社は田舎に限る」吉田基晴 / エンディング曲「花嫁」カバー:POLU / 制作プロダクション:エリセカンパニー / 配給協力:ジャパン・スローシネマ・ネットワーク / 配給・宣伝:マジックアワー
2019年/日本映画/108分/5.1ch/DCP c 2019ポンコツ商会

  • Arithmer
  • 徳島の観光案内、体験・宿泊予約ができる 四国の右下
  • 徳島県美波町

イントロダクションINTRODUCTION

世界の旅から戻ってきた
関口知宏が、日本の
徳島県美波町で映画初主演

「地方創生」「働き方改革」など
今の日本が抱える身近な課題を
体感し、心が満たされる
人生へのヒントをくれる作品

多くのメディアで、“地方創生”“限界集落”“移住”“サテライトオフィス”“働き方改革”などの言葉が、今の日本の抱える問題として飛び交っている。しかし、日々の時間に追われる都会で働く人の中で、どれだけの人が、自分自身の問題と考えているだろうか?本作は、自分がその当事者になる選択もあるということを気づかせてくれる、まさに今の日常の物語である。
本作の原案本「本社は田舎に限る」著者であり主人公徳永のモデルである吉田基晴さんは、ITのサイファー・テック㈱と地方への企業誘致を斡旋する㈱あわえの社長である。東京で大企業と競合する人材採用に限界を感じ、地方に視点を移したとき、その地域の課題解決と人材採用を両立させ、本社移転というコペルニクス的転換を成し遂げた一人である。吉田さんと明石知幸監督との出会いが、日本の進むべき未来を予見する映画というエンターテインメントとなった。 

徳永が、美波町に住むには、東京と違い、地域住民としての役割も果たさなければならない。最初は戸惑うが、いつしか自ら役割を担っていくようになる。また、東京からやって来た女子大生たちは、田舎で暮らすことに対し、最初は、豊かな自然などの癒しのほかは、コンビニなど有料の便利さの有無にしか想像が及ばない。しかし、地元の人たちと過ごすうちに、生きる知恵をしぼって暮らす人とのつながりを実感できる田舎暮らしには、人として大切なものがあることに気づく。当たり前のように仕事優先の日々を送っている多くの人たちも、ちょっと視点を変えれば自分なりの能動的“働き方改革”ができるのではないか?自身をすり減らして暮らしている都会生活に、自分でつくりあげる人生へのヒントがある。「キリコの風景」(1998年)以降、プロデュース業に重心を移し「弾丸ランナー」(SABU監督/1996年)や「終わった人」(中田秀夫監督/2018年)などを手掛けた明石知幸監督の待望の監督作品であり、プロデューサーは、李相日監督、荻上直子監督、内田けんじ監督、石井裕也監督らのデビュー作品を手掛けた天野真弓。 

ストーリーSTORY

東京でセキュリティソフト会社を経営する徳永(関口知宏)は、大企業に押され、エンジニアの採用ができず窮地に立たされていた。ある日、優秀な人材は、地方にもあるはずと思い立ち、故郷である徳島県美波町へ向かう。活気を失った町で副社長の沢田(田中幸太朗)と悪戦苦闘するが、地元の同級生の久米(柏原収史)や地元の起業家のとうさんこと岩佐(宇崎竜童)に助けられ、豊かな自然を武器にした秘策を打ち出し、何とか採用にこぎつける。更に、新事業を展開し、地方創生の旗手としてマスコミに取り上げられる。そんな徳永を煙たく思う住民もいるなか、地元の若者とトラブルを起こしてしまう。岩佐の助言により、徐々に地元に理解されてきた頃、徳永の会社の生田(伊藤祐輝)が町最大の秋祭りの責任者に抜擢される。果たして生田は、地元の人の期待に応え、祭りを成功させることができるのか?そして、徳永の家族は移住を受け入れてくれるのか?
ちいさな町に奇跡を起こした、日本一にぎやかな過疎地の再生と感動の物語。

キャストCAST

関口 知宏サイファー・テックとあわえの社長 徳永役

1972年東京生まれ。
主な、テレビ出演は、「あぐり」NHK(97)・大河ドラマ「利家とまつ」NHK(02)・「心療内科医・涼子」 読売テレビ(97)・東芝日曜劇場「まかせて!ダーリン」TBS(98)・「ボーイハント」 フジテレビ(98)・「列島縦断 鉄道12,000Kmの旅」NHKBShi(04)・「関口知宏が行くヨーロッパ鉄道の旅」NHKBShi(06)・「関口知宏の中国鉄道大紀行~最長片道ルート36,000kmをゆく~春編」(07年、同年秋編)NHKBShi・「関口知宏のファーストジャパニーズ」NHK-BS1(08)ほか。舞台は、「小美代姐さん花乱万丈」三越劇場/鴨下信一氏演出(03)。主な映画出演は、「あぶない刑事リターンズ 村川透監督」(96)・「Shady Grove」青山真治監督(99)。
出版では、前出のNHK旅番組の著書や絵日記、「ことづくりの国」日本へ - そのための「喜怒哀楽」世界地図ほか。音楽活動では、大室山ライブ「新生」CD。その他、旅の経験から国民性の違いや感じたことなど講演会を続けている。

宇崎 竜童とうさんこと岩佐役

1946年京都府生まれ。
73年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。
「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」「スモーキン’ブギ」など数々のヒット曲を生み出す。作曲家としても多数のアーティストへ楽曲を提供。阿木燿子とのコンビで、山口百恵へ 「横須賀ストーリー」 「プレイバックPart2」 など多くの楽曲を提供、山口百恵の黄金時代を築いた。76年内藤やす子の 「想い出ぼろぼろ」 で日本レコード大賞作曲賞受賞。映画音楽では 「駅ーSTATION」 (81)「社葬」(89)などで日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。舞台音楽では 「ロック曽根崎心中」 「天保十二年のシェイクスピア」(06年)で読売演劇大賞優秀スタッフ賞を受賞。
阿木と共に力を注いでいる「Ayフラメンコ曽根崎心中」では音楽監督を努めている。自身のライブ、俳優等で幅広く活動中。
今後、宇崎竜童弾き語りライブとバンドツアーも予定されている。

監督・スタッフDIRECTER/STAFF

  • 明石知幸(監督・脚本)

    1958年まれ、徳島県出身。
    早稲田大学卒業後、にっかつ撮影所に助監督として入社後、すぐに日活ロマンポルノの撮影現場に入る。以後神代辰巳、森田芳光、根岸吉太郎、金子修介などの監督作品に従事する。後外部作品の助監督を務め、91年森田芳光総指揮のオムニバス映画「バカヤロー4・YOU!おまえのことだよ」の一編にて監督デビュー。94年同じ森田芳光脚本で舘ひろし主演の「免許がない!」を監督し、大ヒットを記録。その後再び、日活の企画制作部長に就任し、プロデューサーとして「弾丸ランナー」(SABU監督、96)「ガラスの脳」(中田秀夫監督、99)「サディスティック&マゾヒスティック」(中田秀夫監督、00)「スイートスイートゴースト」が(芳田秀明監督、01)「GO!」(矢崎充彦監督、02)などの作品を送り出す。その間に再び、森田芳光脚本で小林聡美主演の監督作品「キリコの風景」(98)が公開される。
    2001年より、フリーランスとして活動し、11年監督作品の高橋克彦原作「オボエテイル」が公開され、18年にはプロデュース作品「終わった人」(中田秀夫監督)が公開された。

  • 赤川修也(撮影)

    徳島県出身。 1967年〜70年、若松プロダクションでフリーの撮影助手として活動。その後7年間、写真家の長野重一に師事。以後CM、企業PV、ドキュメンタリーを中心に活動。 主な受賞歴は、ギャラクシー賞NHK「鷹と生きる」・ヴィアリッツ国際映画祭 「Mobil 1」・ACC賞コカコーラ「Come on in.coke」、「資生堂ブラバス」・日本産業映画祭 「サントリー天然水の森・阿蘇」。主な撮影監督作品、1978年「限りなく透明に近いブルー」(78・村上龍監督)・「オン・ザ・ロード」(81和泉聖治監督)・「降りてゆく生き方」(10倉貫健二郎監督)・短編作品「美波と生きる」(16赤川初監督) 

  • 吉田基晴(原案本著者)

    1971年徳島県海部郡美波町生まれ。
    神戸市外国語大学卒業。㈱ジャストシステム、複数のITベンチャー勤務を経てセキュリティソフトの開発販売を手がけるサイファー・テック㈱を東京都に設立。新たなワークスタイルの実現と採用力の強化を目的に2012年徳島県美波町にサテライトオフィス「美波Lab」を開設し、翌年には本社も移転。13年6月に㈱あわえを設立。 現在はサイファー・テック、あわえの2つの会社の代表取締役を務めている。
    https://www.awae.co.jp/

    原案本
    「本社は田舎に限る」
    (講談社)
  • 天野真弓(プロデューサー)

    制作会社のアシスタントプロデューサーを経て、1993年よりPFFスカラシッププロデューサーとして数多くの若手監督の作品を手掛ける。
    主なプロデュース作品は、「渚のシンドバッド」橋口亮輔監督(95)(ロッテルダム国際映画祭グランプリ)、「ひみつの花園」矢口史靖監督(97)、「BORDER LINE」李相日監督(02)、「運命じゃない人」内田けんじ監督(カンヌ映画祭最優秀ヤング批評家賞、04)、「かもめ食堂」荻上直子監督(06)、「川の底からこんにちは」石井裕也監督(09)

プロダクションノートPRODUCTION NOTE

  • 出演者・スタッフ・地元の人々が
    一つになった撮影現場

    出演者・スタッフ・地元の人々が一つになった撮影現場

    2018年5月29日から6月18日まで徳島県美波町で、6月23日東京で、そして10月7日再び美波町で撮影が行われた。

    5月28日、明日のクランク・インを前に、祭りシーンの舞台となった日和佐八幡神社にて、主演の関口知宏、関口演じる徳永役のモデルである『あわえ』代表の吉田基晴さんやスタッフ、関係者で撮影の安全祈願のお祓いを行なった。 宮司さんから玉串奉納の作法の説明があり、右手は上から、左手は下から玉串を持って時計回りに回して云々の複雑な作法を、一番バッターの関口は、正確に堂々と拝礼。さすがだった。
    そして5月29日、前日は雨で天気が心配されたが、さっそくご利益があって雨も上がり、無事クランク・イン。徳永が日和佐にやって来る場面から撮影が始まった。

    5月30日、宇崎竜童が合流。主人公徳永を支える地元の起業家岩佐役。そのモデルとなった浜口和弘さんの営む造船所で、浜口さんが見守る中、心配していた阿波弁を無事使いこなした。

  • 町中に点在する古民家、サーフィンの
    メッカ、山間の茶畑での撮影

    町中に点在する古民家、サーフィンのメッカ、山間の茶畑での撮影

    5月31日、この日は、前出の『あわえ』での撮影。
    『あわえ』は、徳永が地元を盛り上げるために立ち上げた、もう一つの会社として劇中にも同名で登場する会社で、明治時代に建てられた銭湯『初音湯』をリノベーションした趣あるオフィスだ。社員の方々も撮影に参加した。美波町には歴史ある貴重な古民家が多く残っていて、町内会長の家も昔廻船問屋だった大きな古民家をお借りして撮影した。

    美波町のある海部郡一帯は、有名なサーフィンのメッカだ。
    6月5日は、早朝から徳島県のお隣、高知県東洋町の生見海岸でサーフィンのシーンを撮影。趣味のサーフィンとエンジニアの仕事を両立させるため、徳永が立ち上げたサテライトオフィスに転職した生田役の伊藤祐輝が出勤前にサーフィンを楽しむシーンで、サーフィン未経験の伊藤は、この日のために、ほぼ毎日海に通い、地元のサーファーの方に技術指導を受けながら練習に励んだ。その甲斐あって、見事な波乗りシーンが撮影できた。

    6月15日、山あいに広がる茶畑で、地元の番茶農家の澄を演じる岩崎加根子が、インターンシップで町を訪れた東京の女子大生有希役の上田結に、番茶の摘み方や、茹でた茶葉の揉み方を指導するシーンを撮影。赤松神社に場所を移して撮影した、岩崎が地方で暮らす苦労や覚悟を語るシーンは、この映画のうるうるポイントNO.1のシーンに・・・

  • 『食』のシーンへの
    全面協力

    『食』のシーンへの全面協力

    6月1日、いよいよ大敷網漁の撮影。冬場のシーズンにはブリが何百本も上がる豪快な漁。漁師さん10人の協力で、ハモや太刀魚、イサキなどが入った網を引き上げ、岩佐がインターンシップで町を訪れた女子大生に漁を体験させるシーンを撮影。天候に恵まれ、見事大漁のシーンが撮影できた。

    6月7日、徐々に地元の人たちに理解されるようになった徳永が、漁師から伊勢海老の差し入れをもらい、それを味噌汁にして社員一同で食べるシーンを撮影。地元の婦人会の方が作る伊勢海老の味噌汁のいい匂いが漂う中で撮影が行われた。後日、夕食の際にスタッフにも伊勢海老の味噌汁が振る舞われた。

    6月17日、日和佐漁港で、この町にサテライトオフィスを開設した会社の歓迎パーティのシーンを撮影。漁協の協力で、カツオや鯛の刺身、アワビや美波町の五目ずしなどがパーティシーンを彩った。 このシーンをもって、今回の美波町での撮影は終了

  • 心に響いた
    地元高校生の名演奏

    心に響いた地元高校生の名演奏

    撮影も後半に入った6月12日、映画のクライマックス、インターンシップでこの町を訪れた女子大生の弥生(眞嶋優)が、この町をもっと深く知るために、再び町にやって来るシーン。徳永や岩佐たちが、ブラスバンドの演奏とともに駅で彼女を迎える。撮影に協力してくれたのは、明石知幸監督の母校でもある県立富岡西高校の吹奏楽部。
    夏の全日本吹奏楽コンクール徳島県大会を控え、課題曲の練習が佳境の中、映画のための練習にも励み、撮影当日は演じている役者さんと一緒に気持ちを込めた素晴らしい演奏を披露。感動的な演奏に、涙するスタッフも・・・
    その後行われたコンクールで、見事金賞に輝いた。スタッフをなかせた演奏が本物であったことを証明するような出来事だった。

  • 日和佐八幡神社の
    ご利益

    日和佐八幡神社のご利益

    6月23日、1ヶ月ぶりに東京に戻って、唯一の東京のシーンを撮影。
    あわえの吉田さんが経営する東京・神楽坂のサイファー・テック㈱をお借りして、映画の冒頭で徳永がエンジニアの人材不足を社員に糾弾されるシーンなどを撮影。
    この撮影で、オールアップとなり、監督から花束贈呈を受けた関口は、「今までにない映画になる予感がある。お疲れさま、ありがとうございました。」とスタッフを労った。

    その後、日和佐八幡神社秋祭りの撮影まで粛々と編集作業が行われ、再び撮影準備に入った9月、台風21号が美波町を直撃。日和佐八幡神社の椎の木が倒れ、本殿の屋根に穴が空いてしまった。屋根はすぐに修復されたが、その後毎週のように台風が接近して、お祭りの日程も台風25号直撃の予報が出ていて気が気ではなかった。
    ところが、これも日和佐八幡神社のご利益か、その25号は前日から進路が外れ、10月7日は風も治り日差しも出て、お祭り日和となった。
    そして“ちょうさ”と呼ばれる太鼓屋台が神社の目の前の大浜海岸に繰り出すシーンの撮影に挑んだ。この場面は実際のお祭りの進行に合わせて、ドキュメンタリー方式で撮影。伊藤祐輝演じる生田が、“ちょうさ”の担ぎ手の責任者という大役に抜擢され、50人の担ぎ手に指示を出すシーンなどを撮影。“ちょうさ”と呼ばれる太鼓屋台は、太鼓を叩く四人の打ち子をのせ、重さは1トン近い。境内を練り歩き、海岸へ誘導し、海に入って担ぐ50人に指示を出すのは、重要な役目だ。
    伊藤ら四人の俳優陣は、前日の町周りから参加し、地元の担ぎ手の皆さんと一緒に“ちょうさ”を担いでコミュニケーションを図り、本番に臨んだ。
    8町8台の“ちょうさ”が順番に神社から大浜海岸を練り歩いて行くが、年に一度のお祭りなので、各町の担ぎ手たちは名残惜しんで何度も練り歩き、予定時間になっても戻って来ない。立派に責任者を務めた生田を、以前いざこざがあった町の若者たちが労うシーンを撮る予定が、どんどん日が暮れて行って、
    見物客でにぎわう神社で照明を焚くわけにもいかないので、どうなることかと焦ったが、ギリギリその場面も撮影することができて、最後も神社のご利益をいただき、このお祭りのシーンを持ってオールアップとなった。